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崇道神社


次期天皇だった早良親王は、平安京を作った桓武天皇の実弟。

平安時代を代表する怨霊として定着しており、映画「陰陽師」でも悪い方の陰陽師である道尊が封印された早良親王を復活させ、国中の悪霊を使い都を襲うシーンがある。

【登場人物】

・第49代 光仁天皇
60代で即位したおじいちゃん天皇。

・皇后:井上内親王
聖武天皇の第1皇女で伊勢の斎王経験者。

・皇太子:他戸親王

・側室:高野新笠
桓武と早良親王の母。父が百済系渡来人、母は野見宿禰の子孫である土師氏。平安京遷都の際、自分の先祖の祀る奈良の久度神社を平野神社に移している。ついでに平野神社が祀る4柱のうち1つは高野新笠自身の神格化である。

・庶子兄:桓武天皇
・庶子弟:早良親王

・光仁天皇のブレーン:藤原百川
称徳天皇の遺言を偽造したりして光仁天皇の即位に尽力、その後は桓武天皇への譲位を光仁天皇に進言した人物。一連の黒幕であり桓武一味の頼れるアニキ。配流された和気清麻呂のために秘かに仕送りを送っていたことも。

・光仁天皇のボディガード:大伴家持
奈良の代表豪族。藤原種継暗殺事件の前に病で死んでいたが、犯人の一味であるとされ死後なのに官位を奪われ、さらに親族も流罪に。
なお武人でありながら万葉集の編纂にも関わっており、たくさん歌を残している。むしろ教科書には歌人として出てくる。

・藤原百川の甥:藤原種継
和気清麻呂と同期。さらには大伴家持を出し抜いて出世。長岡京遷都を進言し、自身も都の造営責任者として働いていた。

・イノシシフリーク:和気清麻呂
この頃には流罪を解かれて帰ってきており、長岡京の治水担当者であった。
平安遷都を助言し、造営責任者になったとされている。


【①時代背景】

道鏡(イノシシの敵)にゾッコンだった女帝・称徳天皇の死によって、壬申の乱以来続いた天武天皇の皇統は途絶え、新たに天智天皇の孫にあたる光仁天皇が即位。


【②井上内親王の呪詛事件】

藤原百川による策略で、「皇后が光仁天皇を疎み術をかけた」という噂が流れ、証拠として呪い人形が宮中の井戸から見つかる。
この冤罪により皇后と親王は階位を剥奪。さらに幽閉先で毒殺される。

皇后は呪術を操る女として後世にも名を残すことになった。
例えば鎌倉時代初期に書かれた歴史書「水鏡」にも、皇后が天皇を呪い殺し、息子を早く擁立させようとしたと書かれている。

・奈良の御霊神社
皇后と皇太子が祀られている。
墓は宮内庁管轄の「宇智陵」

・若宮火雷神社
皇后は幽閉先で二人目の男児を出産しており、この男児が後に母と兄の怨みを晴らす為、雷神になったとされる若宮がここ。毎年10月23日には、ここから宇智陵まで神輿が渡御し、母子対面イベントがあるらしい。

この事件を受けて、光仁天皇は藤原百川の進言を聞き入れ、早良親王の立太子を条件にして桓武天皇に譲位することにした。

その後、藤原百川は桓武の即位を見ることなく没している。
京都府木津川市に墓があるらしい。


【③長岡京遷都】

桓武天皇は遷都を思いついた。

長岡京の良いところ
・最近調子こいてる奈良仏教の影響力を避けられる
・藤原種継の姻戚関係にある秦氏の本拠地が近い
・母の一族である百済王氏の本拠地の交野が近い
・水源が豊富で、奈良に比べて物資の運搬が便利

ミッチーが編纂した『続日本紀』によると「大きな川がある場所にしよう」と桓武と藤原種継が相談していた記述がある。ドシャシャ…。

桓武一味は、奈良に地盤を持つ大伴家持が遷都に反対するであろうことを予見。家持に蝦夷征伐の任を与え、そのスキに長岡京遷都を行った。

なお、遷都の目的の一つである奈良仏教勢力排除だが、幼い頃から出家し、南大寺・東大寺の要職であった早良親王は一味からすると疎ましい存在であった。


【④藤原種継暗殺と早良親王餓死事件】

そんな折、藤原種継が何者かに矢でスナイプされ翌日死亡する。

主犯:大伴継人・大伴竹良
共犯:佐伯高成・大伴真麻呂・大伴湊麻呂・多治比浜人
実行犯:牡鹿木積麻呂・伯耆桴麻呂
は即日処刑。
ついでに捜索側である桓武の甥・五百枝王もなぜか流刑。息子の安殿が即位するときの邪魔になった説あり。

大伴継人らは処刑前、謀叛の黒幕として故・大伴家持と早良親王を名指ししたという。

早良親王の死因は、「無実を訴えるハンストの結果」というのが定説だが、桓武天皇が食事を与えず殺したという説もある。
とにかく藤原種継暗殺事件の後、長岡京近郊の乙訓寺に幽閉され、淡路島に流される途中に力尽きて餓死したらしい。


【⑤早良親王のタターリ一覧】

逝去、不審死した人
・桓武天皇の母:高野新笠
・桓武天皇の皇后:藤原乙牟漏
・桓武天皇の側室:藤原旅子
(←西院春日にあった旅の守り神・還来神社:もどろき神社の祭神。なお藤原百川の長女。)

謎の病にかかった人
・桓武天皇の皇太子:安殿

謎の事件
・伊勢神宮に盗賊が入って放火
正殿ほかの殿舎などが消失。桓武天皇は「長岡京はアマテラス様にも祝福されていないのでは…あわわ…」となったらしい。すぐに勅旨を伊勢に派遣し、奉幣をささげ、できるだけ早い伊勢神宮の再建を約束したという。

天災
・小畑川の大氾濫が2回も(水運に便利だと思ってたらまさかの落とし穴!ドシャシャ…)
・日照りによる飢饉からの天然痘大流行

宮中の陰陽師「早良親王の怨霊がたたっています!これ全部早良親王のせいです!」
桓武天皇「やっぱり!」

なお、ロジカルクールな和気清麻呂は治水面から平安遷都を進言したとされる。


【⑥平安遷都】

平安遷都後、桓武天皇は淡路に祀られている早良親王に「崇道天皇」の称号を与えたという。天皇に即位していないのに天皇と呼ばれているのはそのため。

その後の平安京も悪いことが起きると基本的には怨霊のせいとされ、御霊会がたびたび催された。

そんな経緯があってか、平安京には怨霊を退けるための陰陽道的な仕掛けが各所に施されている。


【⑦その後の桓武天皇の実績】

教科書では、身分を問わず優秀な者を積極的に登用し、改革を進め、国家レベルの大事業に挑んだ偉大な天皇として書かれている桓武天皇。
スピリチュアルだが、母が百済出身であるという出自のハンデもあってか向上心はすごかったらしい。

・坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命
ついに蝦夷を鎮圧し、東北地方を日本の領土に組み込んだ。

・最澄と空海を唐に送る
帰国後の最澄と空海を保護し、奈良仏教以外の新しい仏教を取り入れた。
山にこもって修行する系の仏教なので、政治に口が出せないと踏んでいたらしい。ところが修行のせいで体の強い僧や武士が現れるようになり…。

なお、ミッチーの曽祖父である土師宿祢古人は「土師氏の名は喪葬という凶事との連想が強いから、居住地の名にちなんで菅原に改姓させてほしい」と桓武天皇に請願している。

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